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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)629号 判決 1964年1月20日

控訴人

右代表者法務大臣

賀屋興宣

右指定代理人

綴喜米次

森下康弘

控訴人

阪本清勝

右訴訟代理人弁護士

戸毛亮蔵

被控訴人

阪本清一郎

被控訴人

椢原重信

被控訴人

新居清

右三名訴訟代理人弁護士

白井源喜

主文

本件控訴はいづれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人国、同阪本清勝各代理人はそれぞれ「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」 との判決を求め、被控訴人等代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、被控訴人等代理人において、

一  本件地上には訴外株式会社阪本化学工業所の事務所、住宅が三棟建築せられ、そこに控訴人阪本と訴外土田忠雄とが居住し、その東北方にコンクリート基礎があつて同工業所の敷地となつていたものであるから、本件土地は未墾地に該当しない。またそのほかの空地が控訴人主張のように昭和二二年中までに控訴人阪本によつて畑として耕作されていたものと仮定すれば、それは農地であるとしても未墾地ではない。従つて未墾地に該当しない土地を未墾地として買収した本件買収処分は違法無効である。

二  自創法第三一条第四項は、「買収すべき土地の所有者の氏名、買収すべき土地の所在、地番、地目及び面積」を公告し、縦覧すべき旨を規定しているから、未墾地買収の目的たる土地の所在、地番及び面積は、未墾地買収の最重点であり、未墾地買収の対象たる土地は、現地において特定されるとともにその特定された土地と公告縦覧された土地とは同一でなければならないのに、これが全然一致していないから、結局買収対象地とした現地と、買収したことにした土地とが不一致であるといわなければならない。なほ被買収地の範囲の如きも被控訴人阪本は全然知らなかつたものであるから、右の点において本件買収処分には重大且つ明白な誤りがあり無効である。

三  控訴人は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第一一条の規定を援用して被控訴人椢原、同新居の本件土地所有権取得及びその登記の無効を主張するけれども、同条にいわゆる承諾人とは相続等による承継人を指称するものであつて、本件の如き場合には適用はない。仮に然らずとしても、同条の規定は自創法による買収手続進行中に買収の対象物に対する権利の変動があつてもその手続の進行を確保するために設けられたものであつて、その対象物件が国の所有に帰してから後のことまでも規定したものではない。国が買収した後のことについては特則がない以上、民法第一七七条の規定は当然に適用されなければならない。

四  原判決事実摘示中「本件土地をその主張の頃被告阪本清勝に無償で貸したことは認める」とある部分(七枚目表三行目)のうち「本件土地」とあるは「本件土地上の家屋」の誤りである。控訴人阪本清勝は大和高田市に一時的に居住していたが、空襲が激しくなるにつれ、本件地上に存在する阪本化学工業所の建物が未使用のままになつていたので、そこへ疎開さしてくれとの申出があり、被控訴人阪本清一郎としても、叔父、甥の間柄であり、非常時のことなれば右申出を了承し、戦時中一時的に右建物に疎開することを認めたものである。従つて控訴人阪本において耕作した所があつたとしても、それは正当な権原のない不法占有にほかならないから、農地法第三条の農地に該当しない。

と述べ、

控訴人阪本清勝代理人において、

一  大字東辻八三、八五番地上に、木造瓦葦平家建居宅一棟、建坪一六坪一合七勺、外五棟、総建坪(床面積)七九坪一合二勺が存在していたことは家屋台帳によつて窺えるが、仮にその敷地が宅地であつたとしても、本件八三番地の二地上の建物の坪数が確定せず、且つ同土地は面積一反歩という広大なものであるから、その一部が宅地であつたとしても、その比重たるや濁に僅少である。従つてこの場合、僅少な宅地を未墾地として買収したとしても、一反歩全部の買収が無効となるいわれはない。いわんや自創法第三〇条の買収目的物件中には宅地もまた匂含せられるものと考えられるから、いづれにしても控訴人等は本件土地所有権を取得するにつき十分な理由がある。

二  原判決は、本件八六番地の二の土地については被控訴人等の所有権移転登記が控訴人等のそれより先日付にかゝることから、民法第一七七条により控訴人等は被控訴人等に対抗できぬものと判示しているか、自創法による所有権の得喪は公権力に基く行為であつて、一般私法上の不動産取引とは根本的に相違があるから、一般私法における不動産物権の変動の安全確保を目的とする民法第一七七条を適用すべき限りではない。

また原判決は、本件未墾地買収計画公告後に被控訴人等間に本件土地所有権の移転並びにその登記がなされたことを認めながら、自創法第三四条、第一一条の規定は、同法に基く買収処分によつて国が当該物件の所有権を取得する時点までに当該物件の所有者に変動があつた場合にのみ適用ありとし、控訴人阪本の「右買収計画公告後の被控訴人等間の所有権移転及びその登記は控訴人等に対抗できない」との主張を否定したが、自創法第三四条、第一一条には原判示のような時点を捉えたと思われるところは少しもないし、買収計画の公告により、当該物件の利害関係人に克く買収手続開始の事実を知らしめ或は知りうべき状態におくから、何人にも不測の損害を与えない。従つて買収計画公告の後に被買収者より所有権を取得した者は、いわゆる登記の欠缼を主張するにつき正当の利益ある第三者ではない。更に別の角度から考えると、原判決は、本件土地の買収計画は昭和二三年九月三日当時の所轄忍海村農地委員会によつて樹てられ、買収期日を同年一〇月二日とし、昭和二三年九月四日から法定の期間公告且つ縦覧に供し、奈良県知事の認可をえてその頃被控訴人阪本に買収令書を到達せしめた事実を認定しているから、自創法第三四条によつて準用せられる同法第一一条により、この買収令書交付の効力は、所有権者であつた被控訴人阪本に対しては勿論、その後の昭和二九年一一月四日同被控訴人から所有権の移転をうけたという承継人新居、椢原両被控訴人にもその効力がある(その後制定された農地法第一七条にはそのことが明言されている)。換言すれば、右両被控訴人は、既に政府に買収されまたはその買収令書の交付を受けた後、当該土地の所有権を取得したというのであるから、最早適法に所有権を取得することができない。従つてたとえこれの所有権取得登記を経由してもその登記は実体の伴わないもので何人にも対抗することができない。

三  被控訴人等は本件未墾地買収は買収令書の交付を欠くから無効であると主張するが、仮に買収令書の交付またはこれに代わる公告がなかつたとしても、それは買収処分そのものが無効であるというに止まり、買収処分以前の買収計画やその公告等の手続までも無効となるものではない。しかもこの買収計画等の手続は前叙のように克く被控訴人等に対抗できるから、被控訴人等主張の買収が無効だからといつて、被控訴人椢原、同新居の本件土地所有権の承継取得が有効となることはない。

四  仮に本件買収、売渡処分が無効であり、且つ被控訴人新居、椢原の本件土地所有権取得が有効であるとしても、控訴人阪本は使用貸借上の権利に基き本件土地を占有しているものであるから、同被控訴人等に対し本件土地明渡の義務はない。

即ち控訴人阪本は昭和二〇年一月以来使用貸借契約(被控訴人阪本、訴外阪本清成及び控訴人阪本間の契約)による正当権原により本件土地を占有して来たものであるが、被控訴人新居、同椢原が本件土地の所有権を取得したと主張する当時本件土地は大部分農地化し、控訴人阪本は右使用貸借上の権利に基き本件土地を耕作していたものであるから、本件土地の所有権が被控訴人阪本から被控訴人新居、同椢原に移転したとしても、右使用貸借は直ちに終了しない。なんとなれば農地の使用貸借の設定移転が当局の許可にかからしめられていることと思い合わせば、民法使用貸借の規定中所有者の交替による使用貸借終了のような点は排除されるものと解すべきだからである。

なおこの農地の占有移転については所轄県知事の許可があれば格別、この許可のない現在、いかに被控訴人新居、同椢原に所有権があるとしても、本訴のように訴をもつて控訴人阪本に農地である本件土地の引渡を求めることはできない。

と述べ、

控訴人国代理人において、

民法第一七七条の規定は対等な地位を有する私人間の取引に関してのみ適用があり、自創法により国が農地等を買収し、売渡す場合には適用がない。従つて本件土地に関する被控訴人椢原、同新居の所有権取得登記が控訴人等の所有権取得登記に先立つていても、同被控訴人等は本件土地の所有権取得をもつて控訴人等に対抗することはできない。買収、売渡に当つて国がその登記を行うことと定められているが(自創法第四四条)、これは買収、売渡による土地の所有権取得をもつて第三者に対抗するにはその旨の登記を要するとの前提に立つて定められたものではなく、国からの売渡によつて当該土地を取得した自作窺またはその承継人が爾後これを取引の目的とした場合に、民法第一七七条による対抗要件の有無が再び問題となることを想定して、その基礎となる買収または売渡の登記をなさしめようとするものと解すべきである。

と述べた。(証拠関係―省略)

理由

一奈良県南葛城郡忍海村農地委員会が同県北葛城郡新庄町大字東辻(旧南葛城郡忍海村)八三番地、原野三反三畝九歩、及び同所八六番地、原野三反九畝六歩の各一部につき、被控訴人阪本清一郎を被買収者とし、昭和二三年一〇月二日を買収期日とする自創法第三〇条の規定に基く未墾地買収計画を立て、奈良県知事がこれに基き、右土地の各一部を買収したとして、昭和二七年九月一日付で、同法第四一条に基き控訴人阪本清勝に売渡処分をなし、その後昭和三〇年二月二四日に至つて同県知事が右八三番地の土地を八三番地の一、原野二反三畝九歩と八三番地の二、畑一反歩とに、右八六番地の土地を八六番地の一、原野九畝六歩と、八六番地の二、畑三反歩とに、それぞれ代位による分割並びに地目変換の登記手続をなすとともに、右八三番地の二及び八六番地の二の土地を前記買収並びに売渡にかかる土地として、控訴人等のための所有権取得登記の嘱託をなし、奈良地方法務局御所出張所昭和三〇年二月二四日受付第三一三号をもつて、昭和二三年一〇月二日自創法第三〇条の規定による買収を原因とする農林省のための所有権取得登記、及び同出張所同日受付第三一四号をもつて、昭和二七年九月一日自創法第四一条の規定による売渡を原因とする所有権取得登記がなされたことは当事者間に争がなく、<証拠>を綜合すると、忍海村農地委員会は昭和二三年九月初頃、前記八三番地の内一反歩及び八六番地の内三反歩につき、前記未墾地買収計画を立て、同月二三日までその公告及び書類の縦覧をなした後、奈良県知事の認可を受け、同県知事は右買収計画に基き買収令書を作成して、その頃忍海村農地委員会を経由してこれを被控訴人阪本清一郎宛に普通郵便により発送したこと(但しそれが同人に到達したが否かの点を除く)、同被控訴人より買収令書の提出がなかつたので、同県知事は昭和二四年六月三日買収令書受領書の交付に代わる公告をなし、その後控訴人阪本清勝に対し、昭和二七年九月一日を売渡期日とする売渡処分をなしたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二ところで、被控訴人等は、右買収処分はその対象が不特定であるから無効である旨主張するので、先づこの点について判断する。

<証拠>を綜合すると、忍海村農地委員会は控訴人阪本清勝の買収申請に基き、同人において買収を希望する区域として大略原判決末尾添付図面表示、(ロ)、(ハ)、(チ)、(リ)、(ロ)の各点を結ぶ区域(以下甲部分と称する)と、同図面表示、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(ニ)の各点を結ぶ区域(以下乙部分と称する)を指示せしめ、これを目測により、前者を一反歩後者を三反歩として買収することと定めたが、買収計画書において右買収区域を特定明示することなく、単に大字東辻字ハヤシ八三番地の内原野一反歩、同所八六番地の内原野三反歩とのみ記載し、その公告及び書類の縦覧をなし、奈良県知事もまた右同様の表示によつて買収令書を作成発行し、その後右買収地を控訴人阪本に売渡して後、前掲分筆並びに所有権取得登記をなすに当り、忍海村農地委員会書記において、現地を測量し、ここで初めて具体的に区域を確定して分筆図(証拠)を作成し、買収計画書(証拠)の末尾に添付し、奈良県知事において右分筆図を添付して登記の嘱託をなし、前示甲部分を大字東辻八三番地の二、畑一反歩、乙部分を同所八六番地の二、畑三反歩として登記せしめたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。ところで<証拠>(御所町長及び東辻区長の証明する八三、八四、八五、八六番地の地籍図の切図)によると、右地籍図の上では、前記八六番地の二、畑三反歩として登記された乙部分のうち北側の大半は、八三番地に属することが明らかであり、また前記八三番地の二、畑一反歩として登記された甲部分も、そのうち南側の若干部分は八五番地に属するやに見受けられるところ、忍海村農地委員会及び奈良県知事が前記乙部分三反歩全部が八六番地の内であり、甲部分一反歩全部が八三番地の内であると認定して買収手続した根拠は前示<証拠>のみでは首肯し難く、(八三番地は登記簿上三反三畝九歩であるのに、前記分筆図では八三番地の二が一反歩、八三番地の一が八畝歩弱となり、全体として登記面積より一反五畝余り不足することになる。他面八六番地の面積は、前示分筆図の如く分割すると、八六番地の一の実測面積が登記面積より逸かに多くなることが、<証拠>によつて窺われる)、右の如く現地の地番の境界、範囲が明瞭でない土地について、唯漫然と八三番地の内一反歩、八六番地の内三反歩とのみ表示して買収計画を立て、買収令書を作成したのでは、局外者には果してそれが現地のいづれの部分を指すものか容易に判明しないものといわなければならない。しかのみならず、本件買収手続当時における本件現地の状況は、大部分は櫟林であつたが、その一部には被控訴人阪本清一郎が代表者であつた訴外株式会社阪本化学工業所が戦時中(昭和一七、八年頃)、膠工場建設の計画の下に建築した木造瓦葦平家建居宅一棟、建坪一六坪一合七勺、木造瓦葦二階建物置一棟、建坪二〇坪七合九勺、二階坪一七坪一勺が、前示甲部分に、水槽コンクリート基確工事、及び作業所、納屋等が前示乙部分に残存し、右居宅を控訴人阪本清勝が借受けて居住し、その周辺約二反歩ばかりを開墾して農作物を裁培している状況であつたことが、<証拠>によつて認められるから、前掲表示のみでは、一体右のうちどの部分を未墾地として買収するものであるか不明であるといわざるをえない。しかして本件に現れた全証拠をもつてするも、被買収者である被控訴人阪本において前示買収区域を知得し得べき事情が特に存在したことを認めるに足りないから、叙上事情の下においては、前示買収計画書及び買収令書における買収目的地の表示による目的地の範囲は不特定であると解するのが相当である。しかして本件の場合、右瑕疵は諸般の事情に照らし重大且つ明白な瑕疵として本件買収処分の無効事由となるものと解すべきであるから、買収令書が被控訴人阪本に到達したか否か、本件土地が未墾地であるかどうか等被控訴人等主張の爾余の無効事由について判断するまでもなく、本件買収処分は無効と認めなければならない。

三  そこで進んで本件土地の所有関係について考察し、被控訴人等が本件買収処分の無効確認を求める適格を有するかどうか(但し被控訴人阪本、同椢原が本件八六番地の二の土地につき本件買収処分の無効確認を求める請求部分については、当審で不服の対象になつていないから判断しない)、被控訴人新居、同椢原が控訴人等に対し、それぞれ前掲本件土地につきなされた買収、売渡による所有権取得登記の抹消を求め、控訴人阪本に対し本件土地の明渡を求める権利を有するかどうかについて判断する。

前示八三番地原野三反三畝九歩及び八六番地原野三反九畝六歩は、もと訴外辻元武夫の所有であつたところ、昭和一六年一月二六日被控訴人阪本において右辻元から買受け、同月三〇日その所有権移転登記を受けたことは、被控訴人等と控訴人国との間では争がなく、控訴人阪本との間では<証拠>によつてこれを認めることができ、被控訴人阪本が昭和二九年一一月四日右八三番地の土地全部を被控訴人新居に、八六番地の土地全部を被控訴人椢原にそれぞれ売渡し、同日その各所有権移転登記を了したことは<証拠>によつて明らかである。

控訴人阪本は、右各土地は同控訴人と訴外阪本清成と被控訴人阪本の三名が前示辻元から買受けたもので、実質上三名の共有であつたが、唯登記名義のみを被控訴人阪本の単独所有としておいたものに過ぎないから、被控訴人阪本が他の共有者である控訴人阪本及び右清成に無断でなした被控訴人新居、同椢原に対する右売買は無効である旨主張するけれども、この点に関する<証拠>は措信し難く、他に右控訴人の主張を認めるに足る証拠は何等存しない。

次に控訴人阪本は、被控訴人等の間にいおて右土地を売買したと主張する当時、本件土地部分は完全に農地化していたものであるから、その所有権移転については所轄知事の許可を要するところ、被控訴人等はその許可を得ていないから、被控訴人新居、同椢原は有効に本件土地の所有権を取得し得ない、また同被控訴人等は本件土地の所在する市町村の区域外に住所を有していたものであるから、農地法第六条の規定により本件土地を所有することは許されない旨主張するけれども、被控訴人新居、同椢原が前示土地を買受けた昭和二九年一一月四日当時においては本件土地は大部分現況農地となつていたとしても、<証拠>を綜合すると、本件土地(前掲申請分及び乙部分)が大部分農地化したのは、本件売渡処分後控訴人阪本が開墾した結果によるものであつて、本件買収手続当時においては本件土地の大部分は農地ではなかつたことを認めることができるから、かくの如く違法無効な買収、売渡処分(買収処分が無効であるときはこれを前提とする売渡処分も当然無効であるに対して、正当な権利者が自己の権利を回復しようとする場合において、右無効処分の結果無権利者の手によりその目的たる土地が所有者の意思に基かずして農地化されたことのために、右権利の回復が行政庁の許可を要する等法的に制限を受けることについての正当性を見出すことはできないから、たとえ右無効処分により正当権利者が支配権を失つた期間内に正当権利者の変動があつた場合でも、右権利変動につき正常な農地としての農地法第三条第六条第一項の適用はなく、その訟受人の回復権利者としての適格性は無条件に是認せられなければならないと解するのが相当である。従つてこれに反する見解を前提とする右控訴人の主張は採用し得ない。

次に控訴人阪本は、買収令書の瑕疵により買収処分自体は無効であるとしても、その前に適法になされた手続までもすべて無効に帰するいわれはないところ、本件未墾地買収計画の樹立及びその公告は、被控訴人阪本が本件土地を売渡す以前になされたものであるから、その効力は自創法第三三条第四項、第一一条、農地法施行法第二条の規定によつて、被控訴人阪本から本件土地の所有権を承継取得した被控訴人新居、同椢原にも及び、同被控訴人等はその所有権の取得をもつて控訴人等に対抗し得ない旨主張するけれども、既に認定したとおり本件土地買収計画はその対象とされた目的地が不特定で無効と解すべきであるから、その有効であることを前提とする右控訴人の主張は理由がない。しかして本件土地の買収処分が無効である以上、これを前提とする売渡処分並びに買収、売渡を原因とする前掲控訴人等の各所有権取得登記も当然無効で、右登記は抹消を免れないから、被控訴人新居、同椢原は有効に本件土地の所有権を取得したものと認めなければならない。

そうすると被控訴人阪本は被買収者として、被控訴人新居は現所有者として、本件八三番地の二の土地につきなされた前掲買収処分の無効確認を求める利益を有するとともに、被控訴人新居は本件八三番地の二、被控訴人椢原は本件八六番地の二の土地の各所有権に基き、控訴人国に対し前掲買収による所有権取得登記、控訴人阪本に対し前掲売渡による所有権取得登記の各抹消登記手続を請求し、且つ控訴人阪本に対し、同人において本件土地を不法占有する事実が認められればその明渡を請求する権利を有すること明らかである。

四控訴人阪本が本件八三番地の二(前掲甲部分)及び八六番地の二(前掲乙部分)を占有し、同地上で果樹、野菜類等の農作物を栽培していることは同控訴人の認めるところである。

ところで、控訴人阪本は、本件各土地を使用貸借上の権利に基き適法に占有している旨主張するので考えて見るに、仮に同控訴人主張の如く本件土地につき被控訴人阪本と控訴人阪本との間に使用貸借契約が存したとしても、控訴人阪本は当然には右使用貸借上の権利をもつて本件土地の新所有者である被控訴人新居、同椢原に対抗することはできないところ、同被控訴人等において右使用貸借契約の承継を承認し、または新たに控訴人阪本との間に使用貸借契約を締結したことを認めるに足る証拠はない。この点につき控訴人阪本は、本件土地は被控訴人新居、同椢原が買受けた当時完全に農地化し、控訴人阪本において適法に耕作していたものであるから、所有者の交替により控訴人阪本の有した使用貸借上の権利は消滅せず、被控訴人新居、同椢原に対し対抗し得る旨主張するけれども、使用貸借については農地の賃貸借に関する農地法第一八条の如き規定は存しないから、右主張は採用し得ない。また控訴人阪本は、使用貸借契約の承継が認められないとしても、時効により昭和三〇年一月一五日使用貸借上の権利を取得したと主張するけれども、これを肯認するに足る証拠が十分でなく、また仮に時効により使用貸借による権利を取得していたとしても、被控訴人新居、同椢原の本件土地明渡請求により右使用貸借関係は終了したものと認めざるを得ない。控訴人阪本は、本件土地は農地であるから、所轄知事の許可を受けなければ有効に使用貸借契約を解除し本件土地の明渡を求めることはできない旨主張するけれども、前認定の如く本件土地は少なくとも本件に関する限り農地法上の農地として取扱うことを相当としないもので農地買収売渡効無の原状回復については知事の許可は不要と解すべきで、仮に一部控訴人阪本において本件買収手続集始前から適法に開墾して農地化していた部分があつたとしても、この部分についても、農地の使用貸借契約(それは農地の売渡取得により当然消滅している筈であるが)の解除については農地の賃貸借の解除に解する農地法第二〇条の如き知事の許可を要する旨の規定はなく、また農地法第三条の規定を類推して許可を要するものと解することもできないから、右主張もまた採用し得ない。そうするといずれにしても控訴人阪本が現に本件土地使用の正当権原を有することは認め難い。控訴人阪本は、仮に使用貸借上の権原が認められないとしても、本件土地明渡の請求はいわゆる失効の原則ないし信義誠実の原則に照らしまたは権利の濫用として許さるべきではない旨主張するけれども、同控訴人がその理由として掲げる事情のみでは、いまだもつて右主張を肯認するに足りないから、控訴人阪本は被控訴人新居に対して本件八三番地の二の土地を被控訴人椢原に対し本件八六番地の二の土地をそれぞれ地上の果樹、農作物を収去して明渡すべき義務があるものといわなければならない。

五よつて叙上認定の被控訴人等の本訴請求は正当として認容すべく、これと同旨の原判決は結局正当であるから、本件各控訴は理由なきものと認め、民事訴訟法第三八四条第一項、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官岡垣久晃 裁判官宮川種一郎 鈴木弘)

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